福島県の山奥にある場末ストリップ劇場「芦ノ牧温泉劇場」へ行ってきて凄い経 験をした話

雪残る芦ノ牧温泉に着いたのは、もうすっかり日が暮れた後だった。
車は通るが、人通りは全くない。

今回はるばる大阪から来た理由は他でもない。この芦ノ牧温泉に存在するという、福島県最後のストリップ劇場「芦ノ牧温泉劇場」を観に来ることだった。

一つ心配していることがあった。決して少なくないお金と時間をかけて行くのに、もし空いてなかったら…悔しい所の話ではない。ということで1月くらいから何度も電話を掛けていたが、空振りに次ぐ空振り、何度掛けても、呼び出し音が空しく響くだけであった。

まぁでも結構運はあるほうだ。多分大丈夫だろうという、良く分からない自信を持ったまま楽観的な気分で来たのだったが、闇に包まれるこの芦ノ牧温泉に足を踏み入れた瞬間あ〜〜〜これはアカンな〜〜〜〜〜〜と半ば諦めの気持ちになったのだった。

大通りらしき所を歩いているはずだが、店は全て閉まっている。私達の影が写るガラス戸の奥には、ゴミとしか思えないダンボールがただ無造作に積まれている店ばかり。営業時間でないのか、それとも廃業してしまったのか。

と、その時。明かりがみえた。

寂れた温泉街には場違いな程、ピンク色の明かりが。

これが芦ノ牧温泉劇場…!
やってる!現役で営業している!
はやる気持ちを抑えきれず、思わず駆け寄った私達だった。

本当に営業しているのかな?と、念のために隣の部屋でストーブに当たっていたマスターらしき人物と話をしてみる。嬢は1人だけ。どうやら開始時刻は決まっておらず、20:00-23:00までの営業時間内に二人以上になればその都度始めるとのことだ。

いつもなら1人で旅しているが、ラッキーなことに今日は2人だ。さあ、いざ、中へ。靴を靴箱へ入れて、暗幕をくぐった。高鳴る胸を抑えながら、ぐるりと見渡す。

中はだいたい想像していたくらいだった。10名弱が入ると満杯になってしまいそうなくらいの空間で、こじんまりとしている。温泉街のストリップ劇場に有りがちな、浴衣の足を投げ出すような、カーペットの上に座るスタイルだ。壁は真っ赤で、盆は四角く桃色をしている。ステージには小豆色のカーテンが垂れ、季節外れなのにクリスマス調のチープな飾りが所々についている。

何年か前のポップスが流れる空間で、どれくらいの時間が経っただろうか。照明が落ちて、さきほど話していたマスターのアナウンスが入る。
「本日はお足元が悪い中、芦ノ牧温泉劇場にお越しいただき誠にありがとうございます。お時間許す限りお楽しみくださいませ。
それでは拍手でお出迎えください。
中川マリ嬢ですーーーー」

ナカガワマリ嬢。忘れないでおこうと、口の中で小さく呟いた。

 
 
彼女は、仙女のような衣装を着て登場した。化粧をしているので年齢は分からないが、口角に刻まれた線と、ゆるいシルエットを見ると、その歳はまぁ60歳くらいだろうか。
はっきりした顔立ちは、誰かに似ている。あれは、だれだっけ。

マリ嬢は、音楽に合わせてユックリと踊りだした。恥じらうような、茶目っ気があるような、意外と若々しい感じの振り付けだ。

ふとマリ嬢が後ろを振り向いたと思うと、次にこちらを向いた時には胸を覆っていた布をするりと何処かへやっていた。しかしながら全ては脱がず、薄いベールのような透ける布で体を隠している。年齢よりも、胸は垂れてないとは思う。

「ハハ、こんな風にちょっと隠さないと、見れたもんじゃないでしょ!笑」

マリ嬢が突然話しかけてきた。
声を発さずに踊るストリッパーが多いので、若干驚きながらも

「いやいや、お綺麗です。」と返した。

「そう??」

マリ嬢は嬉しそうに笑って、ユックリとした踊りを続けた。そして、一礼をして舞台袖へと歩いて行く。

こんな感じなんだぁと余韻に浸っていると、連れがコッソリ耳打ちしてきた。
「マリ嬢って、ハイヒールリンゴっぽいよね」
…それだ!

ハイヒールリンゴに、何歳か足した感じの顔だ。

〜〜〜〜〜〜

マリ嬢が戻ってきた時には、タオルで包んだ何かを抱えていた。おもむろに取り出したのは、透明で細身のディルドだった。
男性器に見立てて、いやらしく舐める。長年積み重ねた技術なのか、見せ方が上手い。
眺めていると、またもやマリ嬢が話しかけてきた。

「こういうのって、何回も使ってるとね、どうなるか知ってる?カチコチになってヒビ割れちゃうのよね。」

材質が何かは分からないが、確かに強度はそこまでなさそうである。

「で、前のがダメになっちゃってね。最近新しく買ったのがこれよ。」
「お姉さん、ちょっと私のに入れてみる?」

まるで飲み屋の大将が今日のオススメメニューを言うくらいフランクに、マリ嬢がそう言った。

「あ、は、はい。是非入れてみたいです。お願いします!」

自分で何を言ってるんだと思いながら、そう返した。

マリ嬢が盤の上まで進んできて、大きく足を広げて座る。そして、持ち手をティッシュで包んだディルドを手渡してきた。

少し緊張しながら、マリ嬢の秘部にあてがった。ちょっと力を入れて押してみたが、どうしたものか、入らない。

「ああ〜ごめんね。この年になると心も体もアソコもカラッカラなのよ〜!」

またもや自虐ギャグを言いながら、マリ嬢はディルドにベロベロと唾をつけて、もう一度どうぞと促した。次はスムーズに入った。

「やった!入りました!」

私が喜んでそう声を上げると、マリ嬢はニッコリと微笑んでくれたのだった。

わたしには男根はないが、歳上のお姉さんに童貞を卒業させてもらうというシチュエーションを疑似体験したようだった。(だいぶ歳上だけど。)

〜〜〜〜〜〜

「どこから来たの?」
「大阪からです。この劇場に来てみたくて…」
「へぇ〜、そうなの!わざわざそんな遠くから。まぁ〜凄いわねぇ。」

マリ嬢と世間話をした。ストリップが好きで、色んな劇場を観に行ってること。今のストリップ劇場のこと。ストリップ劇場の数が残り少ないこと。

「そう。私も昔は全国を回ったりしていたのよ。浅草にも乗ったし、大阪にも行ったことがあるわ。

でも、ここで踊るようになってから他に行くことも無くなって。今はここのヌシ。もう芦ノ牧温泉に来て、100年になるわ。アハハ」冗談混じりにそんなことを言った。

「他がどうなってるのか、皆どうしてるのかっていうのも全く聞かない。まぁ、もう、今さら他で踊るなんてこと出来ないだろうし、ここでこのまま、そろそろお終いね。最近体調も良くなくて、年末年始も閉めてたのよ。」

「それにしても、この先どうなるか、この先どうしたらいいのか、全然わからないのよね。アハハ。この歳になって、困ったわぁ。」

マリ嬢はそう言い、自嘲しながらぼんやりと遠くを見た。

 

 

来る前にずっと電話をかけても出なかったのは、店を締めていたからなのだろう。
夜は暗闇が包む、静かな芦ノ牧温泉に辿り着いたストリッパー。雪深いこの場所から何処へ行くのか。

…いや、何処へも行けないのか。

「…暗い話をしちゃったね。ごめんね。ところで、どうしてストリップが好きなの?」

ストリップを観たきっかけ。好きなストリッパーについて。そんなことを話した。

「そう。実はね、私も好きなお姐さんが居たのよ。盤の上で踊るあの人は、それはそれは格好良かった。その人を追い掛けて、この業界に入ったようなもんよ。」

マリ嬢は昔を懐かしむように目を細めながら、そう話した。きっと特別な人だったんだろう。もしかしたら、先輩後輩以上の関係だったのかもしれないと、勝手に思った。



「よし、せっかく大阪から来てくれたんだし、今日は頑張ってアレ見せちゃおうかな!お姉さん、潮、吹いたことある??」

「潮…ないです。アレって本当に吹けるんですかね。」

マリ嬢は自分の局部を指差し、見てごらんと言った。潮吹きの穴があるとのことだ。ほらほら、というマリ嬢に言われて目先5cmくらいのところまで近付いてみるが、良くは分からなかった。

「気持ちよかったら吹くわけでも、誰でも吹けるってわけでもないのよ。私は、ほら、プロだから出来るのよ。
じゃあ、さっきの棒を持って、いい感じにGスポットを押してくれる??」

めちゃくちゃ難易度の高い要求がきた。言わばさっきまで童貞だった身だ、そんなこと出来るかなと不安になりながら、マリ嬢の秘部にまたディルドを埋める。

「ここですか?」

「あーもうちょっと先」

「ここですか??」

「そうそうそれで角度をつけて…ストップ!そこから動かさずに!」

マリ嬢の指南によって、準備は整った。ドキドキしながら手を固定する。

「そうそう…そのまま……

うーん、出るかな……うーん……

多分、出ると思う…

頑張ってみるよ…

うーん…どうかな…」

マリ嬢が、顔を顰めながら四苦八苦している。なかなか、良い感じに潮が込み上がって?来ないようだ。

「力不足でスミマセン。見たいですけど、あまり無理せずに…」

「あ…いけるかな…

うーん…どうかな…

ちょっと、調子が悪いわね…

どうかな…うーん…うーん…」

そんなことを数分やったが、結局潮は出なかった。

「ごめんね、なんか調子悪いみたいで…ハハ…やっぱりダメね…」

マリ嬢はそんな風に謝ってきた。私は何だか申し訳なくて堪らなくて、

「そんな日もありますよ…」

とビールを差し入れた。

少し世間話をしていたら、数名のお客さんがガヤガヤと入ってくる気配がした。

「ごめんね、また同じことするけど、良かったら観ていってね!」

そんな風に言いながらマリ嬢は慌てて舞台袖に引っ込んだ。お客さんが来たことが嬉しそうなようにも見えた。

新しく入ってきたお客さん達は5人程で、皆若かった。

「観たんですか?どうでしたか?」

そんな風に話しかけられた。

「良かったですよ。こんな感じの温泉街にあって、個人がやっているストリップ劇場はメチャクチャ貴重です。是非しっかりと観てください!」

と何様なんだと思いながらも力説させていただいた。

暗くなり、マリ嬢の舞台が始まった。若者達が静かになる。ちらりとそちらを見ると、はじめて観る世界に衝撃を受けている感じだった。

このままどんな雰囲気になるだろうと心配していたが、マリ嬢の巧みな自虐ネタと世間話で、場の緊張は解れていった。むしろ、若者をいじったり、脱いだパンツを若者の頭に被せたり、さすが長年ここで一人で回してきただけあるというような盛り上げ術だった。

▲マリ嬢と若者の許可を貰ったので、パンツを被った姿を撮った

一通り話し終わった後で、また例の「潮」の話になった。

先ほどは結局出なかったので、無理しないでとも思ったのだが、差し入れたビールで少しテンションを上げたマリ嬢は今度こそやってやる!と意気揚々としていた。

そして、先程の続きということで私がまた介錯をすることになった。

「うーん…うーん…」

やはり難しいようだ。四苦八苦するマリ嬢の声が響く。

盤を囲みながら、そんなマリ嬢を皆で見守った。声に出してはいなかったが、皆がマリ嬢に期待していた。先ほどから観たことがない世界を見せてくれるマリ嬢。きっとやってくれると。新しい世界を見せてくれるんだと。

「うーん…おかしいな…

うーん…うーん…」

「うー……

…あ!!!!キタキタキタ!!!!

出るよ!!

退いて退いてーー!!!」

そうマリ嬢が叫んだかと思うと、出た。潮が、出た!!

いや、潮が出たじゃない、この様は「潮を吹く」という言葉がまさにピッタリだった。その瞬間、私は右手にディルドを握ったまま、見ている世界が何だかスローモーションになった気がした。吹き上がった潮はキラキラとスポットライトに照らされ、そして2mはあろう盤の先までブシャアアアアという音を立てて飛び散った。

その潮吹きから、私は、圧倒的な生命力を感じた気がした。

マリ嬢はこれからどう生きたらいいか分からないなんて言っていたが、この山奥の芦ノ牧温泉で、今を確実に生きている。何故か分からないけど、私はちょっと泣きそうになった。

〜〜〜〜〜〜

「マリさん、凄かったです!」
「ほんとに凄かった。ありがとうございました!」

そこに居合わせた人達が、次々とマリ嬢にそんなことを言き去って行く。
マリ嬢はニッコリ笑ってそれを見送った。

「今日は貴重な体験を沢山させていただいて、本当にありがとうございました。…また来ます。体に、気を付けて。」

私もそう言った。そう言いながらも、でもなんとなくこの「また」は来ない気がしていた。おそらくだけど、マリ嬢はそう遠くない未来にこのストリップ劇場から降りると思う。

握手をしてもらった。
その手はちょっと濡れていた。マリ嬢が今生きているという証拠の、生命の潮だ。

劇場を出ると、興奮していた体が一気に冷気に包まれた。赤くて暖かいあの空間で行われたことは、まるで幻だったように思えた。

暗い芦ノ牧温泉街を歩き出した。

振り向くと、ピンク色の灯りはまだついていて、どこから現れたのか酔っ払ったオジサン達がその前で入るか入らないか、やいのやいの言ってるようだった。きっとマリ嬢は中で聞き耳を立ててることだろう。

また歩みを進めた。

ふと、さっきの濡れた手を見た。

なんとなく、本当になんとなくだけど匂いを嗅いでみた。
何も匂いはしなかった。

そして、なんとなく、本当になんとなくだと断っておきたいのだが、なんとなく、ペロリとその手を舐めてみた。

…何も味はしなかった。

振り返ると、芦ノ牧温泉劇場の灯りはもう見えなくなっていた。

(H27.3)