【熱海銀座劇場】日本最高齢ストリッパーに出会った話【静岡 伊豆の踊り子】

はじめに断りを入れておこうと思う。わたしは何か書きものをする最初に「良い感じの落とし所」を考える。「良い感じ」というのが自分でもズルいと思うのだが、その方が書いてても読んでても圧倒的に後味が良いと思うからだ。
でも残念なことに、どうやっても落とし所が分からない出来事に遭遇することもある。
世の中、そんなに後味が良いものばかりではないのだ。



〜〜〜〜〜



熱海銀座劇場へ来たのは二度目だった。
一度目は三年前の伊豆半島旅行の際だ。その時はいくら電話を掛けても繋がらず、シャッターを固く閉じたままの銀座劇場から呼び出し音が響くのをただ聞いていることしか出来なかった。結局、結構な時間待ったものの観ることは叶わず、後ろ髪を引かれながらしぶしぶと立ち去ったのだった。
だが今回は営業しているという確実な目撃談がある。以前噂ではかなり芸達者な嬢が居ると聞いたのだったが、今は違う嬢が乗っているらしい。例えそうだとしても、絶対に行きたいと思っていた。
熱海の街を歩く。それにしても、なんと雰囲気が良いのだろう。平成になってもう30年近く経っていることが信じられないくらい、昭和が色濃く残っている。

ストリップ劇場が開くとされている時間までまだ少しあったので、途中でスナック喫茶に入ってみた。

完全にその「くろんぼ」という名前に惹かれたのだが、まあこの地で何十年も珈琲を出し続けてきたこの店の「名前」に、今さら何かを言及するのも野暮というものだろう。

中は、近隣の老舗スナックのママと思われるマダム達で賑わっていた。近隣の住民の噂話、病気の話。最終的に、苦しまずにポックリ死ぬのが夢だわあ、という高齢者ジョークで締めるのはこの年代の全国共通言語のようだ。薄黄色い声をBGMに苦いコーヒーをちびちび飲んだ。

劇場の前に着いたのは開場前だった。帰りの新幹線の時間があるので、そこまで長居は出来ない。今か今かとそのシャッターが開かれるのを待つ。

開演時間19:00になったと同時にシャッターが開いた。そして、中に居たここの館主と思われる男性に話しかけた。
余り時間が無いことなどを告げていたら、本来4000円だが◯◯◯円と安くしてもらえた。お言葉に甘えて、提示された料金を支払い中へと案内してもらう。
中は変わった形をしていた。通常劇場はシンメトリーな構造が多いと思うのだが、この劇場は台形であり、左奥に四角い舞台がある。一段高い座敷へと靴を脱いであがって座り、そのまた一段高い舞台を望むような感じだ。
座敷に敷かれた座布団は、照明のせいとは言えないくらい変色しているように見えた。その上に正座して、右手でそっと座布団の端をさわると、タバコでこげたのかカリカリと固くなっていた。
舞台の上には、何故か観葉植物が置いてあった。そして、石油ストーブがあった。いろいろな劇場を見て回ってきたけど、ここはストリップ劇場というより、なんというか、凄まじい実家感があった。
でも、そういう庶民的な感じだと先日の芦ノ牧温泉劇場も負けていない。そして芦ノ牧温泉劇場で得た謎の感動と同じようなものがここでも繰り広げられるかと思うと、ワクワクせずにいられなかった。
ここでは、どんな嬢に会えるのだろう。

カササ
衣擦れの音が聞こえて、舞台の右奥を振り向いた。
そこには、熟女が居た。いや、熟女という言葉では事足りない。
老婆」がいた。

壁に手をつきながら、ユックリと舞台中央へと歩いてくる。シュー…シュー…と何か不思議な音が聞こえる。嬢の方から聞こえるそれは、どうやら呼吸音のようだった。だがその音は枯れきっており、本人も気付かないうちに漏れてしまう類のようだった。
私があんぐりと口を開けてると、嬢がこちらをみてニヤァと笑い
「いらっしゃァい」
と言った。その顎と手先は、まるで新喜劇で桑原和男が老婆の演技をしているくらいに、ふるふるふると震えていた。
歯は美しく並び過ぎている、ほとんど入れ歯のようである。大きなサングラスをしているが、その奥のつぶらな瞳は皺の奥深くに隠れており見えない。アイラインを引こうとしたがうまく出来なかったのか、目から大きく外れたところにガタガタの黒い線が飛び出ている。
シミーズのようなものを着ているが、糸が飛び出ている。そこから伸びる腕は老人のもので、さらに手の甲にかけてはもはや乾物が貼付いているようで、総合的に見るとまあ80歳くらいと思われた。
ただ髪の毛だけは綺麗にセット出来ている。くるくる、ふわふわとボリュームがあるボブヘアーがまた、異質さを際立てていた。

壁に手をつきながら、一瞬とも永遠とも思えるような時間をかけて嬢が舞台中央までやってきた。そして、壁から手を離してふらつきながら二本足で立った。
思わず「手を貸しましょうか?」という言葉が喉の奥まで出かけたし、実際に手が宙を泳いだけれど、おとなしく膝の上に戻してギュッと握った。

どうしてこの嬢、いや、この老婆はここに居るんだ。精一杯立ってる嬢には申し訳ないけど、とても悲しくなった。無性に悲しくて堪らなくなった。

自分のことを話させてもらうと、幼い頃に母を亡くした私は、父が再婚したのもあって殆ど祖父母に育てられたようなものだった。その祖父母と同じ、いやそれ以上の年齢だ。
ステージが始まっても無いのに、もう、これ以上は観ていられないかもと思った。

…だけど、クズみたいな好奇心によって、結局その場所から動くことはしなかった。


勿論そんな思いなんて知らずに、嬢が動き始めた。BGMは高橋真梨子の桃色吐息だ。今じゃ余り見かけない古いタイプのラジカセから流れてくる。

金色 銀色 桃色吐息
きれいと言われる 時は短すぎて… 
と言っても、踊るというよりはそれはストレッチのようだった。
イチ ニ、 イチ ニ、といった掛け声が合う振り付けだ。足を左右にズラしたり、腰を弱く振ったりした。

突然、嬢が大きくよろけたように見えた。「ああ!」と思わず私は声を発しお尻を浮かしてしまったが、なんてことはない、ただ座ろうとしただけだったようだ。ゆっくりと座りこんで、嬢はふうぅぅぅと息を吐いた。
そのままごろんと寝転がる。どうするのかと眺めていたら、嬢は、その年を感じさせないくらい大きくM字に開脚してみせた。そしてそのシワシワの両足の真ん中に、あずき色の大きなショーツがドバーーーンと見えて、私は、もう、クラクラする頭を抱えずにいられなかった。

そして嬢は寝転んだまま、ズリズリズリと腰を動かす。こんなことを言ってはダメだろうけど、その様子は、床擦れで背中が痒くなり精一杯体を動かす老人のそれと同じようだった。

どうして、どうして、どうしてここで、どうしてこの人は、こんなことをしているんだろう。

確実に後期高齢者医療制度の対象となる人だ。普通の人なら、縁側でお茶を飲んだり、たまに孫と戯れたりするのを楽しみにしながら悠々と時間を過ごしているのではないか。どうして、どうしてこんな場末のストリップ劇場に居て、興味本位で訪れる私のような若者の前に立つのだろう。
もしかして、何者かに無理矢理働かされているんだろうか。私は、この老人を然るべき方法でここから連れ出すべきなんだろうか。当初抱いた悲しみや憐れみを飛び越えて、そんなことがグルグルグルグルと頭を駆け回った。

嬢がムクリと起き上がった。そして髪の毛の乱れを直したかと思うと、話しかけて来た。

「よく来たわねェ」
その言い方は色っぽくもあったが、お婆さんが孫に言うソレとも似ていた。


名前を聞いた。嬢の名前は『マサコ』と言った。皮肉にも、その名前は死別した母と同じで、正体不明の胸のモヤモヤは加速していく一方だった。

「タバコ持ってなァい?」


マサコ嬢がそう尋ねて来た。あいにく非喫煙者しかおらず、友人が買いに走ってくれた。
二人きりになって、沈黙が場を包んだ。マサコ嬢がふるふる震えながら微笑んでいる。BGMが、更にしっとりとした歌謡曲に変わる。どうしようも無いその場で、会話の糸口を見つけようと、取り敢えず何か褒めてみようと思った。
そうだ、マサコ嬢は髪の毛のボリュームが凄いし、セクシーなシミーズはきっとあの偉人を意識しているに違いない。よし、これを例に褒めてみよう。

「マサコさんって、マリリンモンローみたいですね…言われたことありませんか?」

そう言うと、予想とは反してマサコ嬢は顔を顰めた。

「マリリンモンローはね、あの人は、下品だから嫌いなの」と言った。

下品。確かにマサコ嬢の年代では、マリリンモンローのような性のシンボルは簡単に受け入れられなかったのかもしれない。ただ上品と下品と、今この場所においては何を示すのだろう。マサコ嬢の生成り色のシミーズと、あずき色の大きなショーツのパンチラを交互に見て、私はもうそれ以上考えることをやめた。
頭がぼんやりしだした私は、単刀直入に、ここに入ってからずっと疑問に思っていたことを聞いてみることにした。
「どうしてここで踊っているのですか」
「ェ?」
マサコ嬢は耳が遠かったので、大きな声で話さなければならなかった。

「どうして、ここで、踊っているのですか???」
「オーナーにねェ、とてもとてもお世話になったの。その恩返しのつもりなのよ。」
色んな人が来るから、楽しいわよォ。わたし、人と話すのが好きだから」
どうやら、マサコ嬢は嫌々踊らされている訳ではないらしい。その事実に、どこかホッとした自分がいた。

「あの受付の男性の人がオーナーなんですね?」

「あの人は、オーナーの甥っ子よォ。オーナーは死んじゃったの」

「えぇ?あの人はじゃあ、マサコさんの恋人ですか?」

「アハッ違うわよォ、あれはまぁ、息子みたいなもんね。」
先代オーナーはここのストリップ劇場だけでなくいくつかの風俗店や飲食店を経営していたようだ。マサコ嬢も若い頃は居酒屋や雀荘などの経営に関わってきたらしく、その際に大変世話になったという。

でもそのお世話になったというオーナーの死後も、ここに居続ける理由とはなんなんだろう。恩だけの話では無さそうだ。きっと私みたいな若者には計り知れない理由があるのだろう。
「お姉さん良い顔してるね」

考え込んでいたら、マサコ嬢が唐突にそんなことを言い、またニヤァと笑った。相変わらず口元はフルフルと震えている。

ただ良く見たら、マサコ嬢の口角の上がり方は、なかなか他に見ないくらいに綺麗なアーチを描いていた。この劇場に入って初めて、美しい、という感覚を持った。

「アナタ、きっと優しくて良い人ね。」

そんな訳が無かった。ゲスい好奇心混じりにここまで観に来た私は、どう考えても善人なはずが無かった。

「いや、良い人じゃないんです…ごめんなさい…」

「いや、私には分かるわ。アナタは良い人よ。」

自信満々に言い切った。その言い方は、大人が子供に「いい子だねえ」と誉めるような、言い聞かすような感じにも似ていた。遠い記憶と重なって、また胸が苦しくなった。

「ありがとうございます」少し目をそらして小さくそう返した。

〜〜〜〜〜

友人がタバコを買って戻ってきた。そしてマサコ嬢に促されるまま、タバコに火をつける。

マサコ嬢はいつの間にかショーツを脱いでいた。そして、先程のように大きくM字開脚をしてみせた。更に、自分のアソコにタバコを挿すように言った。
タバコはストリップの花電車芸で良く使われるものだけど、舞台の上で火をつけるのは防炎の観点からも珍しいことだと思う。
「…失礼します」
と言って、私はマサコ嬢の局部を覗き込んだ。毛は薄く、意外と陰部は綺麗なピンク色をしている。でもそれよりも、その下部に見える赤黒い脱肛跡が気になってしょうがなかった。
さて、タバコの吸い口を押しこむが上手く入らない。
しょうがないので、左手で大陰唇をぐいっと広げて、右手で穴っぽいところにぎゅうっと押し込んだ。入った感覚はなかったけど、タバコの先っぽがかろうじて膣口に挟まったようだった。

「どう?タバコ吸ってるでしょ。凄いでしょ」とマサコ嬢が自信たっぷりに言った。
吸っている、というのはどういう状態を指すのだろう。今はくわえ煙草のような状態だけど、これは吸っていると捉えてよいのだろうか。もしかしたら膣圧を加えて空気の流れを作っていたのかもしれないけど、結局あまり分からなかった。

友人が尋ねた。
「いつからここで踊ってるんですか?」
「始めたのは、本当に最近なのよ。ストリップなんてやったことなかったから、こんなのが良いかとか、いろいろ工夫してるのよォ。」
なんと驚くべきことに、マサコ嬢はこの年齢でこの風格で、新人のストリッパーだった。
「もともと私が来る前、ここは二人で回してたの。どちらも先代のオーナーさんがスカウトした人だったわ。でも、一人は死んじゃってね。それからオーナーも死んじゃって。
その後、もう一人の踊り子さんも辞めちゃってね。とても芸達者な人だったから残念だけど、仕方がないわね。で、どうしてもお願い、と頼まれて私がピンチヒッターになったわけ。」
そのまま話を聞いていたら、いつのまにかタバコの火が陰部キワキワまで来ていることに気付いた。

「ちょ、ちょっと大丈夫ですか?!熱くないですか?!!」
「大丈夫よォ、このくらい」

そう言ってマサコ嬢はタバコが燃えている部分を持って灰皿へと置いた。老人が熱い風呂に入っても平気なように、マサコ嬢もその熱さに鈍くなっているようだ。
〜〜〜〜〜

マサコ嬢は話し続ける。

「熱海のこの付近はやっぱり寂れているでしょう。でも、熱海駅前はまだまだこれからがあるわよォ。今、駅前には新しくビルを作る工事をしてるみたい。」
「私はね、ここで働きながら、考えてることがあるの。」

その先に続いた話は、耳を疑うようなものだった。

「実はその新しく出来るビルに、喫茶店を作りたいと思っているのよォ」

喫茶店を作る為に?ストリッパーを続けている?この、80は超えているだろう、ヨボヨボのお婆さんが?

「こんな風にね、人と話すのが好きだしね。それに、こんなことも出来るのよ。ほら手を出して、手相見てあげるワ。」

マサコ嬢はまた突然そんなことを言った。ストリップ劇場では色んなことが起きるが、今まで手相を見てもらったことはなかった。手を差し出すと、マサコ嬢は思ったよりも力強くその手を引っ張った。そして、皺皺の両手で掴んで、皺皺の瞼の奥からジッと私の手のひらを眺めた。

「うん、うん、分かったわ…あなたは結婚はまだね?」

まだです、と返した。

「きっと幸せな結婚をするわよ。逃さないようにしなさいね。」

そんなことを言った。そして、フルフルと震えながら腕を延ばし、

「あなたは優しくて良い人だから大丈夫よ。絶対幸せになる。私が保証するわ。安心しなさい」

私の胸にそっと手をあて、またもや自信満々にそう言い切ったのだ。

なんだよ、それ。
そもそも、この暗い照明の下では本当に手相が見えているかすら怪しい。しかも、その結果は占いとも言えないものだ。
適当なこと言って。
なんだよそれ。幸せになるよ、なんて。

〜〜〜〜〜
新幹線の時間が迫ってきた。
マサコ嬢に、もう帰らなきゃ、と告げた。
「えぇえ!もう帰っちゃうの?やだぁ、寂しいわぁ。やだァ」

自信満々だったマサコ嬢が、大袈裟なくらい寂しがったので、私は驚いた。
「絶対、また来てね。約束よ。また来てねェ」
何度も何度も念を押すその様は、夢から覚めた現実のマサコ嬢を見ているようで、その姿はあまりにも孤独で、なんだか居た堪れなくなった。

「マサコさんが作った喫茶店に行くの、楽しみにしてます。だから」

そんな風になだめると、マサコ嬢は先程までの自信を取り戻したかのように
「そうでしょ、頑張るわよォ」
と綺麗な口角で笑いながらそう言った。



タクシーを使ったので、一本早い新幹線にギリギリ間に合った。この時間のこだま号はスカスカだ。
お腹が減っていることに気付く。お土産用に買った饅頭の包装をパリパリと剥がし半分齧った。
ふとその饅頭の餡子を見たら、先ほどのマサコ嬢の小豆色のショーツが、強烈にフラッシュバックしてきた。

あああああ。もう。もう。

周りに人がいなかったため、つい声が出た。

正直、マサコ嬢の夢は、絶対叶いっこないと思う。そもそも計画が甘い。店を開くとしても、こんな場末のストリップでお金を貯めきるよりも、先にマサコ嬢にお迎えが来るだろう。

絶対無理に決まってる。

そんなことよりも、普通のそこら辺にいる老人達のように、普通に安らかにポックリ死ぬことを目指せばいいじゃないか。

なんであんなところで、変な夢なんかみるんだ。

「あなたは優しい人ね」

優しくないって!

モヤモヤが行き過ぎて、チッと舌打ちして、新幹線の車窓から景色を眺めた。外は暗く、街灯がヒュンヒュンと流れていく。
静岡県は横に長い。こだま号に乗ると、いつまでもいつまでも静岡県を抜け出せない。
そんなことにさえも嫌気がさしてきて、私はギュッと目を閉じた。

そして想像した。想像したら、結構簡単に想像出来た。マサコ嬢が喫茶店を開いた姿を。

糸が出たエプロンをかけて「いらっしゃァい」とニヤァと笑っている姿を。
手がプルプルと震えてしまい、淹れたコーヒーはどれも少しこぼしてしまう姿を。
適当な手相占いを披露してる姿を。
それは現世にあらわれた魔女のような様子で、何も知らずに入った新婚のカップルは「失敗しちゃったね…」なんて目で会話するかもしれない。
…でもその変な空間に、意外と変な固定ファンがつくのかもしれない。
マサコ嬢が座るのは、渋い赤色のソファだ。

ある日、毎日訪れる物好きな爺さんに向かって、ふいに誘惑するかのようにマサコ嬢が大きく足を広げる。そしてそのシワシワの両足の真ん中には、ソファと同じ渋い色合いの、あずき色のショーツがドバーーンと見えて——

なんだよ、それ。
食べかけの饅頭を口に入れた。これでもかとズッシリと餡子が入っていて、食べ終わってからも、口の中に妙に甘くて重たい後味が続いた。
せっかく静岡に行ったんだし、静岡産のお茶を買えば良かったなぁと、私は思った。
(H27.4)