見たことがない日本、舟屋町の伊根を歩く【京都】

城崎から天橋立へ丹後鉄道に1時間程揺られる。そして、1時間に一本のバスに乗り換えて、伊根を目指す。

晴れ女を自称していたけどこの日は土砂降りで、どうあがいても全く止みそうになかった。湿気を帯びてウネウネと広がる天パの髪が、何処か分からない明後日方向をピンと指している。これだから、雨は嫌い。

しかしこうも人がいないものなのだろうか。観光周遊バスと名の付いたバスは、日曜日の朝だというのに他に乗る人も降りる人もいないようだ。濡れた窓から差し込む光は陰っているし、やっと見えた海は暗い青緑色をしていた。

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伊根町は、伊根湾に古くから存在する小さな漁村だ。湾の出入り口にある青島のおかげで風の影響を受けにくく、海沿いでありながらほとんど波は立たない。

それだけでも珍しいが、なによりの特徴はその舟屋建築だろう。
伊根のバス停に到着して歩みを進めると、一気に目の前にその光景が広がった。

もちろん前知識はあったものの、その光景に実際に出会うと驚かずにいられなかった。

私が住む日本に、こんな場所がまだあったなんて。

古い長屋の群れにも見えるが、その家々は海に迫り出している。一階が車のガレージになっている家はどこでもあるが、ここ伊根は船のガレージになっているのだ。こんなにも数多くの舟屋が軒を連ねる場所が残っているのは、全国的にもここ伊根くらいだ。
ぼんやり眺めていると、雨の中エンジン音を響かせ小舟がやってきた。 エンジンを切ると、すうっとそのままの推進力で舟屋の中に吸い込まれていった。

堪んねえなあ。思わず、声が出た。

伊根湾では、昔はクジラの追い込み漁なんかもしていたそうだけど、今はもっぱら海釣りのメッカになっている。あの有名な釣りバカ日誌・5作目のロケ地にもなったそうだ。

この日も、こんな土砂降りにも関わらず黙々と釣りをしている人がいた。
向かいの舟屋の方へ、ぶーん と竿を振りあげる。

(釣れますか?)

別に、なにか釣り上げることが目的じゃないのかもしれない。

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舟屋を横目に歩き出す。
舟屋の陸側にある道は細くうねっていて、道を挟んだ山手側にも古い家が軒を連ねている。

山手側の家が母屋であることが多く、舟屋の方は物置や作業場、はたまた離れ的に使われているようだった。

色あせたポスター、古びれた木造住宅、

でもそんな古い家々は大切にされていることが分かる。
防火目的で点在している赤い消化栓がとても目を引いた。

手入れされた花、籠に入った種イモ、勝手口へ続く道。

使い込まれた物干し竿。

ここに生きている人たちが居るという、生活臭さがある。

勿論、生活臭さとは実際に匂う訳じゃない。でもこんな風景を見ていると、なにか鼻の奥がキュウと刺激されてしまうような気持ちになる。

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そういえば漁師町の伊根にはこんなものもあった。

ブイを使った手作りアートだ。全国色々旅してきたけど、不思議なことに必ず漁師町にはこういったブイアートがある。きっと、どこも同じような漁師上がりのオッチャンが暇を持て余して作っているのだと思う。

そしてこういったオッチャンが作り出す代表選手は、アンパンマン・ドラえもんと言った、丸描いてチョン系の国民的キャラクターである。

中央のバイキンマンは、人をいっぱい殺してそうである

アンパンマンとバイキンマンが双頭になっているという作品

さらにはこんなものもあった。
お地蔵さん、なのだけど、知らない人はきっとギョッとすることだろう。

小さな祠のなかに居るのは、極彩色の地蔵。これは「化粧地蔵」と呼ばれるもので、特にこの京都北部域に多く残っている。毎年8月23日の地蔵盆になると、地域の子供たちが集まり、化粧と言う名の色塗り会を行う。

子どもの自由な感性で、地蔵は個性豊かな表情に彩られる。その様からは親しみと愛らしさがあふれていて、私は堪らなくこの化粧地蔵が好きである。

お髭がキューティである

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良い町だと思った。
歩いていても、全然観光客が居ない。変に気合を入れたお土産屋さんや食堂もない。
本当に勝手なことだけど、旅する身としてはこういう町の方が断然好きだ。

町の観光地化が進むということは、町にお金を落とす機構が整うということだ。

訪れる人が増えると、どんどん生活臭さは消えていき、住む人は変わり、最終的には作り物のような町になってしまう。勿論そこに住む人にとっては、それが生活の潤いとなり良い事なのかも知れない。

でもそんな風に変わっていく物を、私は勝手に惜しんだりする。
何も知らないくせにね。通り過ぎる人は、いつも勝手なもんだ。

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散々寄り道をしながらも海沿いを結構歩いてきて、舟屋群の終わりが見えてきた。

舟屋と舟屋の隙間に、海側へと近づける道があった。吸い寄せられるように向かう。

思わず、感嘆の声をあげてしまった。

そこは伊根湾の中でも一番舟屋が密集しているところだった。V字型に近い角度の海際のせいか、先ほどよりも間口の狭い舟屋がぎっしりと並んでいる。

一瞬で妄想が頭を駆け抜ける。

例えば、例えばだけど、今抱えている仕事も何もかも全部放り出して、この舟屋の一軒を借りて、好きな人とかと住んだりしたらどれだけ素敵なことだろう。

さびれた桟橋から海に足を投げ出すのだ。

暑い夏の季節なら、そのまま飛びこんでしまうこともあるかもしれない。

夜になったら、採れたての海の幸をそのまま軒先で焼いて食べたりもするかもしれない。

夢のような暮らしだ。
伊根の海のような、波風の無い、おだやかな暮らし。

あーあ、帰りたくねえなあ。

でも、所詮はいつも通り、勝手に通り過ぎるだけの場所なのだ。自分の居場所ではない。

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帰りの時間が近づいてきた。

あれだけ土砂降りだったのに、いつの間にか雨は上がっていた。

帰りはフェリーに乗ることにした。10月くらいまで、伊根-天橋立-宮津経路の船がある。最も、一日一往復というかなり限定された航路なのだけども。

フェリーに乗り込むと、またもや乗客はほぼ居ない。
この観光客の数を見ていると、しばらく伊根は今のまま変わらないだろうとも思う。

だんだんと遠ざかる伊根の姿を見てたら、また鼻の奥がキュウとなった。

次は夏の日に来たい。その時はどこか舟屋の民宿に泊まろう。
舟屋の軒から海に足を浸けたら、きっと、とても気持ち良いと思う。

(H27.9)