ストリップ劇場へと続く入口の逆側。
騒然と置かれた自転車の奥、光も当たらないそこに、真っ黒な扉があった。

『ポスター室』

小さく控え目に、ドアの左上にそう掲げてある。
一体、このストリップ劇場を訪れる人達の中でどれくらいの人がこの部屋の存在に気付くのだろうか。
「さ、どうぞどうぞ。ちょっと汚いですけど…」
老いた男性がおもむろにそのドアノブを回す。たてつけが悪いのか、ドアはガガッと引っかかりながら空いた。
導かれるまま、私はその暗い部屋に足を踏み入れた。
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京都駅から一駅離れると、風情ある木造建築が並ぶ一角にたどり着く。

古都京都の文化財として、世界遺産にも登録された東寺。その境内を取り囲むように古い町並みが広がっている。
道端では、ご高齢の住民が談笑していたり、古い自販機があったり、和菓子屋があったりと、自分の故郷ではないけど歩いているだけで懐古の情が浮かぶような一帯になっている。
そしてそんな町中に、突如そのストリップ劇場「DX東寺」は現れる。
皆さんは、行かれたことはあるだろうか。
DX東寺のシステムはこうなっている。
入口へ近付くとモギリのオッチャンに声を掛けられる。
「大人一人、◯◯◯円ね」
お金を渡すと、オッチャンが券売機でチケットを買ってくれる。なぜ、券売機があるのに自分で買うのではなく、モギリのオッチャンが買ってくれるのかは分からない。
「ポイントカードある?」
持っていれば渡してスタンプを貰う。10個溜まると、1回分が無料になるというシステムだ。
「じゃ、楽しんで」
そうモギリのおっちゃんに見送られながら、入り口のドアを押す。
ロビーではストリップ客が煙草をふかしていたり、ぼんやりと虚空を見つめていたり、思い思いの時間を過ごしている。
さらに奥にある重いドアを押し開けると、そこがいよいよ劇場だ。
目の前に、高い天井と2つの大きな回転盤が飛び込んでくる。たちこめるスモークと、大音量の音楽。
そしてスポットライトの中心にいるのは、それはそれは美しい踊り子だ。時に明るく弾けるように踊り、時に切なく悩ましげに踊るその裸体は、訪れる人達を魅了してやまない。
DX東寺は、ここが古都・京都の東寺の側元であることが信じられないくらいの異世界になっている。この平成に残る、貴重な文化だと思う。
さてそんなDX東寺だが、他の劇場と大きく異なる点がある。
それはその「ポスター」である。
入口の所、モギリのカウンターの後ろ。
今の公演者の写真が大きく張り出されている。
ビビッドな色合い、独特のフォント、ザクザクと荒いコラージュ。DX東寺のポスターは、何とも言えない雰囲気を醸し出している。これを、愛しいと言わずになんと言おうか。

多くのストリップ劇場の香盤は10日ごとに変わるのだが、ここ東寺のポスター内容もそれに合わせてこまめに変わって行く。また、季節感を絶妙な具合で差し込んでくる様が大変良い。
仲間に教えてもらって、これらがある一人の男性によって描かれていることを知った。そしてこの男性が、照明係と兼務でこのポスター係を務めているということも。
私はどうしてもその人物に会ってみたかった。ストリップ劇場という限られた場所でポスターを描き続けている。日本で「ストリップ劇場のポスター職人」なんていうのはこの人くらいだ。
どんな人なのだろう。このDX東寺のポスターを眺める度に、ポスター職人への想いは募るばかりだった。
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ある日私はまたDX東寺を訪れていた。素晴らしい演目を観た帰り際、ふとモギリのオッチャンが目に入った。入口のところで、退屈そうにストーブに当たっている。
…今なら、謎のポスター職人についての話が聞けるかもしれない。
「あの、すみません。このポスターを描いている人って、照明してはるんですよね?」
「あー、日田さんのこと?」
ポスター職人の名は、日田さんと言うらしい。
「日田さん、お会いしてみたいんですが、今日は出勤されてるんですかね?」
「今は上に居るよ」
上とは恐らく照明席のことだろう。照明の仕事はシフト制なのか、この時間は劇場内で照らしている最中のようだ。
「珍しいねぇ、日田さんに会いたいなんていう女の子なんて」
ジロジロと上から下まで見られた。確かにストリップ劇場に女性が来ることがあっても、こんな風に突っ込んで話を聞いてくる奴のことは不審に思うだろう。
「怪しいけど、怪しい者じゃないですよ」
「ははは」
モギリのおっちゃんはちょっと笑った。
「また来ます〜」
京都の冬は底冷えする。
白い息を汽車のように吹きながら帰った。こんな日は、吹きさらしのモギリのオッチャンはさぞ寒いだろうなあと思いながら。
翌日、とある演目がどうしても観たくてまたDX東寺を訪れていた。ストリップ客は、連日劇場を訪れることなんてザラにあるものだ。
コピーペーストしたかのように、入り口には昨日そのままのモギリのおっちゃんが居た。
「こんにちは。覚えてないかもしれないのですけど、昨日も来ていた者です」
「覚えてるよそりゃ」
「寒いですね。これ良かったら皆さんで使ってください」
そう言ってカイロが沢山入っているパックを渡した。
「ああ、踊り子さんに?」
「…いや、スタッフの皆さんに。」
「ええ!!」
モギリのおっちゃんはとても驚いた顔をしてこっちを見た。多分、今までモギリのおっちゃんに差し入れが来たことは余りないのだろう。
「ありがとう、じゃ、貰っとくよ」
「大変ですね、この持ち場」
「交代交代でやってるから、まあそんなに大変でもないよ。ストーブもあるし」
「そうなんですか」
そう言いながら、私もモギリのおっちゃんの横に並びストーブに当たってみた。確かにストーブは暖かく、それが染みいるような冬の空気と合間って、コタツのような心地良さがあった。
「良かったら、みかんでも食べる?」
その後、ストリップを観に来たというのに、ストリップを観ずにみかんを食べながらオッチャンと世間話をしていた。ストリップ劇場で働いている人というとキワモノな感じがしていたけど、なんてことはない、働く人にとってはここが日常なのだ。
「冬はストーブがあるからまだええけど、夏は大変なんやー。蚊も多いしなあ」
「昨日言ってたけど、日田さんのポスターが好きなの?」
「はい!独特なセンスで溢れていて本当に凄い。一度お会いしたいんですけどね…」
「アレの、なぁにが良いのかねぇ」
モギリのおっちゃんは笑い、ストーブに当たりながらこう言った。
「今日は日田さんは5時くらいに降りてくるよ」
「え!!本当ですか!!」
「後で来てごらん」
「ありがとうございます!」
モギリのおっちゃんはまたストーブに手をかざした。真似て私もストーブに手をかざした。
目の前をご近所さんだと思われる老人が通り過ぎた。こちらを見ることもなく、ゆらゆらと歩いていく。老人にとっては、ここにストリップ劇場があることは当たり前のことで、日常の風景なのであろう。
誰かにとっての非日常は、誰かにとっての日常である…良く考えれば当たり前なことなんだけど、なんだかその事柄がとても新鮮な感じがした。
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数時間後、私は劇場の端に居た。騒然と自転車が並ぶその奥。
目の前には黒い扉があり、小さく小さく控え目に「ポスター室」と掲げてある。何度もDX東寺を訪れたが、この部屋の存在は全く知らなかった。中の写真も、今まで見たことがない。

「さ、どうぞどうぞ」
老いた男性がガチャ、ガチャとカギを開ける。たてつけが悪いのか、ドアはガガッと引っかかりながら空いた。
導かれるままにその暗い部屋に足を踏み出した。ガサ、っといきなり何かを踏んでしまって「おおっ」と思わず声を出してしまった。
普段は知ることのないストリップ劇場の裏側。緊張で、自分の心拍数が上がっているのがわかった。
明かりが点く。
「ちょっと散らかっていますけど…」
ポスター室の中は…ちょっと見た感じでも、ちょっとどころではなく散らかっていた。
埃と塗料が混ざったような据えた匂いが、鼻の奥を刺激する。
ゴミ屋敷と言えばそうかもしれないし、でも赤と青と黄の極彩色が飛び散った様は、著名な画家のアトリエのようにも見えた。
ストーブにもポットにも、まるでそれ自体が何か現代アートのようにペンキが飛び散っている。

「すごい」
「いやはやお恥ずかしい限りで…」
「写真撮ってもいいですか?」
「はいはいどうぞ」
中を撮りながら、私は改めて日田さんのことを見た。
この人が、ポスター職人の日田さん。ベレー帽と縁取りメガネがトレードマークの、初老の男性である。

私の少ない知見では、手塚治虫氏の姿なんかが頭をよぎった。手塚治虫のトレードマークはベレー帽とメガネであり、言わずもがな日本が誇る偉大な漫画家である。死ぬまで漫画を描き続けた彼のことを、知らない人など居ないだろう。
一方で、このストリップ劇場の片隅でポスターを描き続けている日田さん。日田さんを知る人は、この世にどれほど居るのだろうか。
「日田さんのポスターのファンでして…いろいろお話聞かせて欲しいです」
「いやぁそんな、照れますね。喜んで」
私はまだまだ知らないことばかりだ。知らないだけで、世界がそこにあるのだ。

日田さんと出会ってポスター室に入ったこの日から、DX東寺を訪れる度に日田さんの世界を知っていくようになった。
日田作品の特徴
日田さんのポスター作品の中でも特徴的なのは、なんといってもそのコラージュのハイセンスさだろう。
勿論ストリップ劇場のポスターということで、踊り子さんの情報がメインである。
踊り子さんの顔写真をザクザクと荒く切り取り、貼り付けるのだ。
「写真の素材はカラーコピーで用意してますねぇ」
組み合わせるコラージュの素材は様々だが、どれも季節を感じさせるものばかりだ。

情報誌の切り抜きだろう、キャッチコピーがそのまま残っている
日田さんがバサバサと落としながら取り出したのは、旅行代理店で貰えるパンフレットだった。
「こういうのを取っておくと使えるんです。実際には行けなくても、色んな場所があって眺めているだけでも楽しいですね」
なるほど、これがコラージュの良い素材になるに違いない。
更に日田さんの作品で注目してもらいたいのは、その下書きだ。
構図を取りそのままコラージュや彩色していくのか、鉛筆書きの下書きがダイナミックに残っている。

かなり、ダイナミックに残っている
「下書き、消さないんですね」
「ええ、ええ。ま、良いんじゃないかと思って残してますね」
もう一つ注目したいのは、そのキャッチコピーだ。
太い文字で書かれたキャッチコピーは、全て日田さんが作っている。
日田節がガツンと利いたそれらは、生き生きとした調子で観るものの心を躍らせる。

「今どき娘と遊びま専科」声に出したい日本語だ
「びっくりぽん!美女美女狩り」おそらく秋だったので紅葉狩りと掛けているのだと思う

「珍珍ゲームって凄いですね!どんな内容なんですか??」
「いや、特にそういう名前のゲームはないのですが…楽しいゲームという意味ですね」
日本語で遊んでいる。素晴らしい才能である。
ポスター広告とは、思わず立ち止まってしまうものや人々の興味を惹かせるものが好ましい。
その点では、この日田作品は一度見ると気になってしょうがない、大変優秀なものだと言える。
さらに言うと、日田さんの作品は香盤ポスターだけではない。
流行語大賞の速報掲示
今流行の事柄を劇場内で特集して、訪れる人々を楽しませたり、
近所の防災看板
劇場を飛び出て地域活動にも貢献しているのだから、日田さんの活動からは目が離せない。
DX東寺を訪れるごとにポスターの写真を撮影していたので、これらの写真は年単位の物だ。
こんなにも素晴らしい作品だが、香盤は10日で終わる。貼り終わった物をどうするかというと、それらは破って捨てられる。
全く同じ内容の香盤がないように、全く同じポスターはない。DX東寺にある作品は、それら一つ一つがその時だけの一期一会の物なのである。そう思うと、惜しい気持ちで堪らない。
日田さんのこれらの作品を見て貰えば、何故私がこんなにも日田さんを追いかけているのか、その魅力を分かっていただけたと思う。
私は今日も、DX東寺に行くとポスターの写真を撮る。何処にも残らない知られていない、日田さんの作品を、自分の中に残す為に。
日田さんの歴史
本名は、日田邦男さん。日田家6人兄弟の長男で、大阪の西成区で生まれ育った。
昭和16年生まれの74歳。
ちなみに、独身だ。

日田さんの父上は映画や劇場の看板職人だったそうだ。その影響を受けてか、自身もそのような美術制作の仕事に従事しはじめる。
日田さんは、DX東寺に流れ来るまで様々な所で勤めていた。
例えば若き日には、あのキャバレー王・福富太郎が経営していたことでも有名な「銀座ハリウッド」でも美術部として在籍していたことがある。
さらには新聞社の広告係も勤めていたというから、驚きのキャリアである。

これは大阪の「パレス」というキャバレーに企画部として在籍した時のポスター。
今はもうこのキャバレーは存在しないが、この地図でいうと現UMEDA AKASO(旧バナナホール)という良く行くライブハウス辺りだった。
今の自分と、昔の日田さんとの影が交差するようだ。


「今じゃなにも残っていないけど、昔はこのキャバレー凄く流行っていたんですよ。時代だったんですね」
思い入れがあるのだろう。日田さんは古くボロボロになったフライヤーを何枚も出してくれた。
ついでに、沢山の思い出の品がボロボロと引き出しから溢れ落ちてくる。

「わー、これ昔の日田さんですか?めっちゃイケメンじゃないですか!」
「へへへ照れますなあ。僕は結婚していないから、今でも大丈夫ですよ」
「……」

トレードマークのメガネとベレー帽はこの時からのもの
DX東寺で働き始めたのは、阪神大震災の頃からだ。紆余曲折あり職を失い、辿り着いたのがこのストリップ劇場だったのだ。
そこから20数年、日田さんはここでポスターを作り続けている。
「このご時世、お金は無いけど皆さんに楽しんで貰えるような物を作りたくってね。今日も飾りを百均で買ってきました」
「数年前から、照明の仕事と兼務になりましてね。困難ばかり失敗ばかりでしたが、今となっては楽しいですね」
「この業界は、とても厳しい。特に、摘発されたりすると全てが終わる。でも、そんな中でも自分が出来ることをしたいと思って、ポスターを作っています」

ストリップ劇場が最も恐れているものは「摘発」だろう。公然猥褻として「摘発」されると、多くの劇場は営業を続けることが出来なくなる。今のストリップは、性欲を満たすだけのものでなく文化的な側面も大きいというのに、表現の自由が尊重される今のこの世の中で、時代錯誤も甚だしいとは思う。だが、個人の力ではどうにも出来ず、ストリップを愛する人々は、皆悩みながら、もがいているような状態だ。

「…そういえば日田さん、天使の羽根が生えたキャラクター。あれ、たまに日田さんのポスターの中で見かけるんですけど何なんですか?」
「ああ、良く見てくれていますね。素人大会の時にだけ使ってるキャラクターなんです」
「わ!日田さんオリジナルのキャラクターってこと?」
「そうなりますね。」
「名前は何て言うんですか?」
「ラブリーちゃんっていう名前ですね」
「ラブリーちゃん…」

白い翼にステッキを持ち、衣装をはためかせた、ラブリーちゃん。良く見ると下半身を捲っていて、可愛いけどちょっとエッチである。
「素人大会に出る娘は、今からストリッパーになろうとしている人達なんです」
「わたしはね、女性は、天使だと思うのです。そんな天使達が羽ばたくのを、応援したい。あのキャラクターにはそんな想いも込めて使っているんです」
日田さんは優しく微笑んだ。
日田さんは「自分史」という記録を行っている。自身の半生を綴った最後は、こう締めくくられていた。
「人の情けに感謝しつつ…この命、人々の役に立てたいと思っている」
日田さんが、己の命を、己の人生を懸けているものは、このDX東寺というストリップ劇場だろう。
人生を懸けてストリップ劇場で働いて、人生を懸けて照明をして、人生を懸けてポスターを描き続けている。
そこまで出来る原動力とは、何だろう。私は、日田さんのことを尊敬しながらも、何処か不思議に思わずにいられなかった。

〜〜〜〜〜〜〜〜
別の日、私はまたもDX東寺を訪れていた。寒空の下、駆け足で劇場の入り口に近寄る。
「おう、こんにちは」
モギリのおっちゃんが、声を掛けてくれる。
「こんにちは!日田さんは?」
「日田さんは上だよ。なんや、日田さん観に来たんか」
そう笑うモギリのおっちゃんに挨拶して、劇場の中に入った。
重い扉を開けると、ステージはもう始まっていた。そっと歩いて、前方の壁際に寄りかかった。
踊り子が舞台を飛び回る。ひらひらとした鮮やかな服が、スポットライトの光に透けてとても美しかった。
そういえばモギリのおっちゃんの話だと、今この時間は日田さんが上にいる。後ろを向き見上げてみると、日田さんらしきベレー帽をかぶった人物が、スポットライトを握っているのを見つけた。
(…日田さーん!…)
日田さん、気付くかな?そんな風に思って、心の中でそう呼んで、日田さんにこっそり手を振ってみた。
だけど勿論のこと、こちらには気付いていないようだった。日田さんは、ギッと強くライトを握りしめ、忙しく踊り子を追いかける。その切迫した様子は職人のそれだった。
軽い気持ちで慣れ慣れしく手を振った自分が恥ずかしくなり、そっと手を降ろした。踊り子や他の客に「公演中になんて失礼な奴だ」と思われているかも…と、ぐるりと周りをまわしたが、そんな心配はなかった。
自身の全てを出し切るように舞う踊り子。
そして皆、そんな踊り子をただただ真剣に見つめている。
私もまた、踊り子を見つめる。
踊り子が、くるりと大きくターンする。
その瞬間、ライトが赤、青、銀、黄金…と美しく目まぐるしく変化する。
照らされた滑らかな肌の下で、引き締まった筋肉が動くのが分かる。
伸ばした手の指が、高く上げた足のつま先が、尖った乳首の先が、整った茂みの奥が、全て輝いて見えるようだった。その光は、何だかとても崇高なものに思えた。
パッと開脚するのと同時に、拍手が起きる。一列目にいたお客さんが、その秘部に引き寄せられるように、思わず顔を前にやった。
そのお客さんの顔は、いやらしい物を見ているという助平な気持ちだけの顔付きではない。
手の届きそうで、決して手の届かない、何か高貴な存在を目の前にしたような。崇拝すらしているような、顔付きだった。
その時ふと思った。
もしかして、この世に「女の裸」以上に美しいものは無いんじゃないか?
回転盤から舞台の方へ、踊り子は内八文字の歩き方で戻っていく。
舞台の真ん中まで辿り着くと、こちらを振り返り、深々と礼をした。
迫真の演技により、汗ばんだその裸の体は、キラキラと眩いくらいの美しさに包まれていた。まるで、踊り子の命が溢れ出ているように思えた。
拍手の中音楽が終わり、照明が消えて劇場は真っ暗になった。
日田さんは、裸の踊り子達を天使と呼んでいた。正直なところ、天使って…と思ったけど、あながち間違いじゃないかもしれない。
盤の上で何もかも脱ぎ捨てるのは、同じ女だから分かる、大変な覚悟が要ることだ。己の命すら懸けて、身一つで踊る天使達。
その生き様は力強くて儚くて、追い求めたくなる、崇拝したくなる、支えたくなる。命を懸けてでも。
(日田さん、天使ってそういうことなのかな)
照明室をもう一度見上げてみた。
照明室には薄あかりが残っていたが、逆光で日田さんの顔は良く見えなかった。
