梅田の横に位置する中崎町。
都会でありながら、下町情緒が色濃く残っている地域ですが、近年ではその開発も進んでいます。若者達が流入し、高層マンションが乱立、持ち主が居なくなった古い建物は壊されていく。
時代の流れに逆らうことも出来ず、街は変わっていきます。
そんな中崎町でも老舗と呼ばれるお店も幾つか残っています。
今回のお話は、その中でも恐らく老舗中の老舗。たった一人で営業している、このお店。

看板の無い定食屋、「はまゆう」のお話です。
はまゆうの見た目は凄い。
トタンの壁、メニューも看板も出ていません。

見た目は住居かはたまた倉庫のよう。長い間使ってきたのであろう、暖簾だけが揺れています。
知らない人だったら、絶対入れないと思います。
さあ、中へ。

3席しかない小さな小さなカウンター。
こんにちわ〜!すみません〜!!!

…
返事はありません。
すみません〜…
…
すみません〜…
…
五分くらい続けて、どうしたもんかとぼーっとしていると、やっと二階から物音が聞こえてきます。
「ハ〜イハイ、おまたせ…ヨッコイショハイハイ…ヨイショ…」
やってくるのは、

御年90歳を超える、春子お婆ちゃん。
40代の時に中崎町のこの場所を借り、そこからなんと50年!
たった一人でこのお店を守り続けてきたのです。
はまゆうには、特にこれといったメニューはありません。
唯一のメニューは、春子お婆ちゃんの気まぐれ定食。

店の端に少しお惣菜が置いてあるなかから、春子お婆ちゃんのお勧めを取り分けてもらいます。
春子「アララ〜、ご飯無いわぁ。ごめんなぁ。パックのご飯すぐ用意するわぁ。ごめんなぁ。」

私「ええです!大丈夫です!」
メニューは、サトウのご飯、ちくわ、竜田揚げ、魚の煮込み。
サトウのご飯はサトウのご飯味。ちくわもちくわ味。
でも、手作りの魚の煮込みは、甘くて懐かしくて、とびきり美味しい!口の中で身がホロホロッと優しくほぐれました。
春子「ゆで卵も食べ〜」

私「ありがとう!いただきます!」
私「あれ、でもお婆ちゃんこれ…」

私「生卵だ!」
春子「アララ〜 ごめんなぁ。今日買ってきて、茹でるの忘れてたわ〜。ごめんなぁ…」
私「ええです!大丈夫です!卵かけご飯好きです!」
もくもくとご飯を食べます。シュンシュンと湯を沸かす音が響きます。
春子お婆ちゃんと過ごす、ユックリした時間が永遠に続きそうな気がしました。
春子「いろんなことあったわぁ。」
そうやって、今までの人生を振り返るお婆ちゃん。

もともとのこの店、やっぱり倉庫だったそう。掃除をして、階段を付け、二階を作り、自分で改造を繰り返して、今のお店になったとのこと。

昔はこの辺りに他にお店は無くて随分繁盛したようですが、今では忘れた頃にお客さんが来るくらいだそう。
春子「まぁでもな、毎日楽しく過ごしてるでぇ」

春子「ありがたいことで体だけは丈夫やから、好きにやらせてもらってるわぁ。店があるから健康なんかもしれんなぁ。
最近じゃ物も忘れるし、こんなんやけどな、健康なうちは、続けてみようかなぁと思ってるねん。今90歳とちょっとやけど、あと何年出来るやろね」
私「やりましょう。100歳超えてもやりましょう。」

春子お婆ちゃんがウヒヒと笑ってました。
春子「あんたも色々あると思うけど、好きに生きてみるといいで。楽しいで。」
ウヒヒ、私も笑いました。
春子「また来てや」
帰りに、柿やお菓子や沢山手土産を持たせてくれます。

この店、正直めちゃくちゃ美味しいわけじゃない。綺麗なわけじゃない。(むしろとても汚い)
でも、そんな中で精一杯のサービスをしてくれる春子お婆ちゃんが愛しくて愛しくて。
私は、なんか疲れた時とかに、この定食屋はまゆうに行く。というより、春子お婆ちゃんに会いに行く。好きなことしながら、精一杯ノンビリと生きてる春子お婆ちゃんと話すと、勇気を貰えるのです。
はまゆうの暖簾は、今日もひっそりと揺らいでる。